2006/04/28 (Fri) Re: 難しい バランスを
みなさん、コメントありがとうございます。今読み返せば意味不明なところが多々ありますね・・・そんな記事にコメントくださって嬉しいです。

で、コメントバックしつつ、記事を投稿してみたいと思います。

まず、「難しい」について。

>「難しい」については正直何も考えてません。
>動かそうと思えばそこからでも思考は動くし
>(確かに思考が停止しやすい雰囲気をつくりそうだけど)、
>まあ感想みたいなもんでは。
(あおちゃん)

確かに、動かそうと思えばいいんだけど、その先って、なかなか行きにくくない?「難しい」と言う時って、「ああ、もう無理だわ」とほぼ同義で使われる事が多いと思うんだよね。勿論ね、

>難しいって思えて初めて、考えることが始まる気がする。
>「そんなの簡単じゃん、わかってるよ、すぐ答え出るよ」って思ってたら、
>それこそ思考停止しちゃうし思い込みになっちゃう。
>難しい、難しいってつぶやきながら、考え事するのが好きだな。
(ごーちゃん)

みたいな風になれたら、本当に素敵だと思うの。でも、大抵の場合、
「難しい」→「もっと考えてみよう」
にはなりにくい気がする。

というのも、私自身がそうだからなのかもしれないな。
例えば、ブログで社会問題なりをちょろっと論じてみる。で、いろいろ考えるんだけど、結局どうしたらいいか分からなくなる。(というか、答えが必ずしもあるわけじゃないし、一大学生の私がちょろっと考えていつも解決策が思い浮かぶなんて到底思えないから、当然といえば当然なんだろうけど。)
で、「うーん。難しいわぁ」で終わる。
その後することといったら、皆のコメントを読んで再考すること、本や新聞、ニュースでちらっと知識を増やすことくらいかなあ。
もちろん、それも大事だと思うんだけど、でも、どこか完結してしまっているのよね。

上に立つものは、想像力を働かせる事が人一倍大事になる、って聞いた。
本当にそうだと思う。
きっと、自分で現場に行くことはないから。
きっと、危険な場所に行くのではなく、派遣する側になるのだから。
そんなポジションに立つ可能性を持つ私が、こんなんでいいのかよ、って思う。凄く、自分に憤りを感じる。

社会で起きている問題全てをいつも考えている事なんて困難だし、というか不可能だと思うし、そんな必要も無いと思うけど、思考を停止させないように、と自分を戒めることは大事だと切に思います。


次に、「バランス」について。

>「バランス」については、割と好きです。
>「バランスが大事」ってのは、大抵正論だし。
>ただ、普通問題になるのは
>その「バランス」を具体的にどうするかってことで。
>所詮バランスなんてものは変動しやすいケースバイケースのものだから、
>それを代表して「バランスが大事」っていうことはよくある。
>でもたとえ具体的なケースであっても、
>「バランス」を保つのが難しい場合はいくらでもあるわけで。
>結論を下すのは結局主観かもしれない。
(あおちゃん)

最後の、特に賛成。
「バランスって、何よ?」
っていう問に、それなりに納得のいく答えが出ない限り、この論は逃げでしかないと思う。「難しい」と違って、そこから思考が発展する可能性は少ないと思うし。だって、「バランスをとる」ということが既にひとつの答えとして認識されるから。

>だから、
>自分の中で思考停止も止む無しと受け入れたときに、
>「バランス」を使います。
(あおちゃん)

うんうん。そうそう!


で、次に、mixiの方にコメントをくださった、お二人のコメントについても。

>最高裁判所の判例を見ても、
>どうも恣意的になってしまうケースが多いよね。
>公共の利益と人権というものがぶつかったときにどちらを優先するか。
>バランスとかいっておきながら、
>やはり国の都合悪いことは、裁判所として判断しないとかいってみたり。
>最高裁判所の長官になるためには
>ある程度国に迎合的でないと出世できないという現実もありますわな。
(タカさん)

最高裁判所でも、「バランス」とは名ばかりなのでしょうか・・・。
結局は主観ではないか、と考えると、自己の利益追求の点から言って、国に迎合的になるのはある意味合理的ですよね。それが社会全体としては「正しい」もしくは「正義」になるのかもしれないし。

「バランス」ってAという主張(もしくは「立場」)とBという主張(もしくは「立場」)の間のどこを取るかが問題になると思うのです。上にも書いたのですが、その明確な基準はきっとなくて、ケースバイケースにならざるを得ないと思うのです。そうすると・・・
とりあえず、「バランス」を一つの答えとすることなく、極端に一方に偏らないよう自分を戒めるために「バランス」を意識しておく事は大事。でも、言い訳にはしない(=自分が下した判断の根拠にはしない)のがいいんでしょうかね・・・?
ううむぅ。

>お金なければ結局無理なんですよね。
>でも、法律に違反しなければ何やってもいいかといわれたら、
>違う気がする。
>儒教に最近はまっているけど、
>「人としての道」つまり、「道徳」「徳」があり、
>その上で法律というのは成り立っている。
>だから、法律に違反しているかどうか、の前に、
>それが「道徳」というものと照らし合わせる必要があるというのは、
>やはり忘れてはいけないのかな。
(タカさん)

私もそう思います。
でも、「道徳」って人によって違う。だから法律ができた、なんて意見も聞いた事があります。
本当は、法律なんかなくなればいい。
そう言う友達が何人かいます。私もそう思います。
でも、現実問題として無くなったら生きていけないし(「なぜ人を殺しちゃいけないの?」という問に、全員が納得できる答えを提示できないように。)、また、法が無くても生きていける世界はちょっと恐いとも思ったりします。
なんでかというと、法律って、
「いろいろな考え方を持った人々が一緒に生きていくために、最低限これは守ろうぜ!」
っていう考えに基いたものだと思うのです(ちゃんと勉強したわけではないので、通説とか全く無視して書いてますが。詳しい方いらっしゃったら教えて下さい。)。つまり、そこではちょっと大袈裟だけど「文化多元主義」が前提となっている。でも、法律が無い世界って、(それがちゃんと機能するとすると)「皆こう考えるよね?」っていうある種画一化がはかられているように感じてしまうのです。もちろん、今法律で定められている事が内面化している、と考えるのなら、私も大賛成なのですが。

>最近の事例でいうならば、竹島問題ね。
>あれは、
>日韓がナショナリスティックになって感情論に走りやすい問題である上に、
>韓国が非常なナショナリズムに駆り立てていられる時期ですから。
>この問題を、「先にとったもん勝ち」てするのはおかしい。
>国内法であったら、登記を先にした方が勝ちになるけど、
>国際法と国内法は違いますから。
>結局この問題、また先延ばしになったけど、
>感情的にならずにやるしかないのよ。
>そういう意味で、政治は粘り強くやらないと駄目なのね。
>特に、国家の威信もあるし。
>冷静に、でも、熱く議論するというのは簡単ではない。
>外務省の説明会にいったとき、
>「冷静な頭と熱いハートを持った人が欲しい」といっていたけど、
>まさにその通り。
>そのためには結局、人としての徳を磨く必要があるのかな。
(タカさん)

なるほど。うーん。私も聞いた事があります、
>冷静な頭と熱いハート

まだまだ修行が足りませんね〜私 苦笑

>具体的に考える部分と抽象的に考える部分は分けて考える
>のがいいかなと思います。
>「バランス」論といっても
>そのとり方は具体的にはさまざまな形があると思います。
>天秤の範囲を広げていけば単純にはいえない深みがあるし。
(スーさん)

「深み」かあ。
そういう捉え方もあるのか!気が付かなかった!!!さんきゅ☆

具体的に考える部分と抽象的に考える部分、ね^^;
あー、いつもごっちゃにしちゃうのよね、私。
気を付けようっと。重ね重ねさんきゅ☆☆

>俺の特許のことについては、
>あくまでも具体的なケースとして
>社会と個人について比較すべきということで。
>ちなみに俺が「名誉」と仮に書いたのは
>「お金」のことを書くのを倫理的にためらったわけではないですよ〜。
>副次的ではあっても
>その発明者の名誉とか発明の社会的地位に伴った経済的利益は
>あるはずです。
>そして裁判所だけがそういう評価をするのではないと思います
(スーさん)

なるほど。確かに。


それから・・・

>この答えが出るなら綺麗に出るなら政治学はいらないでしょ。
>具体的なことを抜きにしてこの言葉だけ抽象的に考えていても
>あまり得るものはないと思います。
>でも具体的な問題が与えられれば、
>出来るだけ使いたくない単語ではあるよね。
>確かに逃げてるだけだと思う。
(きうちくん)

うー、一理有り。そうね。うん。


>ところで、同総会館のおばちゃんと何があった??
(あおちゃん)

いやー、今日話すわー 笑

comment

どうもどうも。ゼミではおせわになりました。お疲れ様です!
今日は遅いのでゆっくり今度読んでみようと思うよ。
「柔軟性」が「バランス」=「中庸」に必要な条件かなと思うときがあるよ。
古いマクロ経済学的にいうと行き過ぎれば戻り、戻りすぎれば行きます。でも、それは戻るためのエネルギーがあってはじめて成立する。そのエネルギーこそ「柔軟性」じゃないかな。
柔軟性に関して色々とらえ方はあると思うけど、例え幼児だろうが宇宙人だろうが、全ての意見を真摯に受け止めて考えられることもある種の柔軟性だと思うよ。
あーちょっと酔いが残ってるから適当な文章でごめんよ。宇宙とか言っちゃってるし終わってるっぽいけど。肩の力を抜いて頑張り過ぎない程度にいきましょうぜ。
2006/04/29 00:10 | URL | いっしー [ 編集 ]

≫いっしー
こちらこそお世話になりました☆
いやー、マジびっくりしたよ!家も近いし、好きな歌手似てるし、模擬裁判見ててくれてるし。そして極めつけはこのブログ! 笑

これからもよろしくですー^^
もしよかったらいっしーのブログもいつか教えてちょー

>「柔軟性」が「バランス」=「中庸」に必要な条件かなと思うときがあるよ。
>古いマクロ経済学的にいうと行き過ぎれば戻り、戻りすぎれば行きます。
>でも、それは戻るためのエネルギーがあってはじめて成立する。
>そのエネルギーこそ「柔軟性」じゃないかな。

柔軟性かあ。うん、柔軟性を持とうって意識しておけばいいのかも。そおかあ!
さんきゅ☆
2006/04/30 13:35 | URL | ひろみ [ 編集 ]









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・BUMP OF CHICKENもこよなく愛する
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